狂牛病にこだわったBSEの本「もう牛を食べても安心か」から見える生命の世界

ecochem2005-02-27

2001年9月に日本国内で初めて狂牛病BSE)の牛が発見されて以来,

のページで今までなかったタイプの感染症の問題をトレースしてきた中ですでに何冊かの本も読んできたため,書店で,
もう牛を食べても安心か (文春新書)

を見かけても食指が動かなかったのだが,

に刺激されて急遽入手して読んだ。
著者の思いが色濃く表現されていて,BSE狂牛病(ともすると敬遠されるこの名称への思いも明言)だけにとどまらず,生命の世界のルールの中で人間がなしてきた・いる・しつつある異質なことを概観して伝えようとしているメッセージに共鳴させられる部分が多々あった。以下はその備忘録的まとめの第一弾。

  • 動的平衡(シェーンハイマーの実験):地球上で原子・分子はその組み合わせを変えて循環し(増えたり減ったりしない),生命はその流れの中で生まれてきたよどみのようなもので,その構成物質は常に環境との間で絶えずやり取りされている。消化は,食物を自分の身体に作り変えるために,例えばタンパク質であればアミノ酸以下のレベルまで分解してから再利用される。それを模式的に示したのが上のアニメーションで,上段は通常の過飽和の結晶溶液の動的平衡,下はビーカーを生物体とした動的平衡で,反応容器である生体分子自体も盛んに交換反応を行う。脳・神経システムの物質的基盤も例外ではなく,自己同一性や記憶の保持(いくらかの変化を示しつつ)がなされるのは信号の流路パターンの保持によるものと考えられる。
     ※生体分子の構成元素参照(要・Chimeインストール
  • 「遠いところのものを食べよ」:生物は食う食われるの関係でお互いの間でいろいろな物質レベルで物質交換ができるが,種が近いものはそのシステムが似通っている度合いが大きいために,上記の手段をすり抜けた場合に自分のシステムが撹乱される危険があり(“情報の干渉”),なるべく遠い種を摂取する方が好ましい。そのことは多くの生物が守っている(暗黙の?)ルールであるが,人間は近代になって効率化など様々な理由でそのルールを逸脱し,共食いとも言える肉骨粉飼料等の摂取を草食動物の牛に課したことこそBSEとそこから派生したと考えられるvCJD発生の原因と考えられる。特にイギリスでは,乳牛から産まれた子牛に母乳の代わりにスターター(肉骨粉を水で溶いた代替飼料)を与えたため,不完全な消化・免疫機能によって異常プリオンの取り込みを許してしまった可能性がある。このことは人間のこどもの乳幼児期の食事の重要性とも関係する。
  • 体内に取り入れる食物や薬などは,今わかっている役割・機能だけでいろいろ判断していくのは危険で,生命システム全体への影響も解明していくことが必要である。そのことは現在の環境問題についても言うことができよう(エントロピー環境論とも通底)。

これ以外にも,研究者として実験の重要性と作業仮説・思考実験の重要性,あるいは「リスク分析」の問題点にも言及するなど,多くの示唆に富んでいる。
個人的には,著者の福岡伸一さん,“動的平衡”とも連関するような以下の共著もある唯脳論養老孟司さんと2005/02/21の日記に書いたクオリア茂木健一郎さん,
スルメを見てイカがわかるか! (角川oneテーマ21)

そして,生命システム全体の重要性を多重フィードバックのしくみという観点から述べた,
逆システム学―市場と生命のしくみを解き明かす (岩波新書)

児玉龍彦さんの4人に討論していただいてそれを書籍化して欲しいと思ったのだけれど,どこかで実現してくれないかな。