分子の形を世に問う

一昨日届いたメールマガジン

の編集日誌記事『卒業論文の秀作を大学サイトで紹介』(ブログ版)で,

が紹介され,“要するに力作の卒業論文ということのようだ。他の大学でも同様の取り組みはあるだろうか”というコメントがつけられている。
卒業研究を学会で発表する場合もあるだろうが,Web2.0の時代,学生の仕事の成果をネットに公開している例も少なくないだろう。文系の研究にしても論文は電子化されているのだろうからWebに載せてしまえば,印刷費も不要だし研究室や大学図書館に所蔵されるより多くの人の目に触れる。
私の場合,Webサイトのコンテンツ自体が学生との共同作業による場合も少なくなく,該当ページには謝辞を記したり連名で学会発表したりしている。今年の場合は別ブログに書いたように5名のうち2名分をすでに公開している。

残りの3名分は,組み立ててもらった分子モデルの構造の確認が必要なため学内サーバでのみ公開している。というのも,仕事の手順的にはこれも以前のゼミ生に作成してもらった,

に書いてもらった方法に拠っているのだが,ChemDrawで描いた構造式をChem3Dにコピーして3次元化した時に,複雑な分子では絡まるなどして正確な構造にならず,それで分子計算しても無駄であるため,分子ごとにいろいろな手法を駆使して問題をクリアしていかなければならないからである。
以下がその例であり,私の方で学生の作成したChemDrawデータをいろいろ修正しても部分的に誤った構造になるためその部分を一旦消去してChem3D上で組み立て直したものである。その後の計算を含めてこれでも半日かかってしまい,すべてを公開するにはかなりの時間を要することになる。


分子組み立て例のハリコンドリン B(halichondrin B)*1
〔上〕ChemDrawデータ,〔下左〕分子が絡まった例,〔下右〕正しく組み立てた例

学生には2006/05/13の記事に書いたようなHGS分子模型での演習や,分子の塗り絵などで分子の形について一定の理解をしてもらってから各自のテーマに取り組んでもらうのだが,3次元モデルにした時に絡まっていなくても明らかにあり得ない結合角などに気付き,なおかつ使っているソフトでそれを修正できるようになるまでにはそれなりに勉強が必要である。
その及ばない部分は,学生が卒業してからも時々はその顔を思い出しながら私が少しずつ作業を進めることになる。
繰り返しになるが,学生が大学という知的活動の場で学んだ成果は社会にきちんと還元すべきだと考えている。特に『知の集積』の場であるインターネットの活用は極めて重要である。

*1:海洋生物クロイソカイメンから得られ,抗がん作用があるとされる。2006/05/13に紹介した「生命科学への展開」(岩波書店)p.167図5.33より。ケムステニュース記事(2006/11/30)も参照。